東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9958号 判決 1974年5月20日
原告 亡若林正利訴訟承継人 若林清美
右訴訟代理人弁護士 高西金次郎
被告 白粉順
右訴訟代理人弁護士 江藤鉄兵
同 安達十郎
被告 笠川景明
右訴訟代理人弁護士 山田賢次郎
右訴訟復代理人弁護士 宮澤征男
同 荒木新五
参加人 貞弘進
右訴訟代理人弁護士 阿部昭吾
右訴訟復代理人弁護士 河内禧寛
同 近藤博和
同 渡辺顕
主文
参加人と被告白粉順、同笠川景明との間において、参加人が、別紙目録記載(一)の建物につき、所有権を有することを確認する。
参加人の被告白粉順、同笠川景明に対するその余の請求、原告の被告白粉順、同笠川景明に対する請求及び参加人の原告に対する請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用中、原告と被告白粉順及び同笠川景明との間に生じた分は原告の負担とし、その余は全部参加人の負担とする。
事実
第一当事者が求めた裁判
(昭和三七年(ワ)第九九五八号事件)
一 原告の請求の趣旨
1 原告に対し、被告白粉順は、別紙目録記載(一)の建物(以下本件建物という)のうち同目録記載(二)の部分(以下(二)の建物部分という)を明渡し、被告笠川景明は、本件建物のうち同目録記載(三)の部分(以下(三)の建物部分という)を明渡し、かつ、昭和三七年七月一日から右明渡済に至るまで、それぞれ一ヶ月金八〇〇〇円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告の請求の趣旨に対する被告両名の答弁
主文第二、三項同旨
(昭和四〇年(ワ)第四一五七号事件)
一 参加人の請求の趣旨
1 原告は、参加人に対し、本件建物につき所有権移転登記手続をせよ。
2 参加人と被告白粉順、同笠川景明との間において、参加人が、本件建物につき所有権を有することを確認する。
3 参加人に対し、被告白粉順は、本件建物のうち(二)の建物部分を、被告笠川景明は、本件建物のうち(三)の建物部分をそれぞれ明渡し、かつ昭和三七年七月一日から右明渡済に至るまで、それぞれ一ヶ月金八〇〇〇円の割合による金員を支払え。
4 参加費用は原告及び被告両名の負担とする。
四 参加人の請求の趣旨に対する原告及び被告両名の答弁
1 参加人の請求を棄却する。
2 参加費用は参加人の負担とする。
第二当事者の主張
(昭和三七年(ワ)第九九五八号事件)
一 原告の請求原因
1(一) 本件建物は、もと訴外門倉よしの所有であったが、原告の先代若林正利が、昭和三七年五月八日、競落によってこれを取得し、同年六月三〇日、その旨の所有権移転登記を経由した。
(二) 若林正利は昭和四四年二月二三日に死亡し、原告は相続により本件建物を取得した。
2 被告白は、本件建物のうち(二)の建物部分を、被告笠川は、本件建物のうち(三)の建物部分を、いずれも遅くとも昭和三七年六月三〇日以降、それぞれ占有している。
3 被告両名がそれぞれ占有している部分の本件建物の賃料は、いずれも一ヶ月八、〇〇〇円が相当である。
4 よって原告は被告両名に対し、本件建物のうち被告両名が各占有する部分の明渡と、昭和三七年七月一日以降右明渡済に至るまで、各占有部分の賃料相当の損害金(いずれも一ヶ月八、〇〇〇円の割合)の支払を求める。
二 請求原因に対する被告両名の認否
1 請求原因1(一)の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は争う。
三 被告両名の抗弁
1 本件建物は、昭和三六年一〇月二八日、参加人が、若林正利から他人の物の売買として買い受け、同人が昭和三七年五月八日その所有権を取得すると同時に、その所有権を取得し、同年一一月七日右売買を原因とする所有権移転仮登記を経由し、ついで昭和四五年一〇月八日右仮登記に基づいて本登記を経由した。
2(一) 被告白は、昭和三三年四月一〇日、当時本件建物の所有者であった門倉よしから、本件建物のうち同被告占有部分を賃借してその引渡を受けた。
(二) 被告笠川は、昭和三四年五月一二日、同じく当時本件建物の所有者であった門倉よしから、本件建物のうち同被告占有部分を賃借してその引渡を受けた。
(三) 本件建物について強制競売申立の登記がなされたのは昭和三六年四月二一日である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の(一)(二)の事実は否認し、(三)の事実は認める。
五 再抗弁
仮に被告両名に賃借権が存したとしても、本件建物の競売期日の公告には何ら賃借権の記載がなかったから、その賃借権をもって競落人である若林正利に対抗することができない。
六 再抗弁に対する被告両名の認否
競売期日の公告に賃借権の記載がなかった事実は認めるが、原告の主張については争う。
(昭和四〇年(ワ)第四一五七号事件)
一 参加人の請求原因
1(一) 本件建物は、もと門倉よしの所有であって、若林正利が、昭和三七年五月八日、これを競落によって取得し、同年六月三〇日その所有権移転登記を経由した。
(二) 参加人は、昭和三六年一〇月二八日、若林正利から他人の物の売買として本件建物を買い受け、昭和三七年一一月七日その所有権移転の仮登記を経由し、ついで昭和四五年一〇月八日右仮登記に基づいて本登記を経由した。
2 遅くとも昭和三七年六月三〇日以降、被告白は本件建物のうち(二)の建物部分を、被告笠川は同じく(三)の建物部分を、それぞれ占有している。
3 被告両名が各占有している部分の本件建物の賃料は、いずれも一ヶ月八、〇〇〇円が相当である。
4 よって参加人は、原告に対しては本件建物について所有権移転登記手続をなすことを求め、被告両名に対しては、本件建物について、所有権を参加人が有することの確認と被告両名が占有している部分の明渡、および昭和三七年七月一日から右明渡済に至るまで、各占有部分の賃料相当の損害金(いずれも一ヶ月八〇〇〇円の割合)の支払とを求める。
二 参加人の請求原因に対する認否
(原告)
請求原因1(一)(二)の事実は認める。
(被告両名)
請求原因1(一)(二)、同2の各事実は認め、同3の事実は争う。
三 被告両名の抗弁
昭和三七年(ワ)第九九五八号事件の原告に対する抗弁2と同旨である。
四 抗弁に対する参加人の認否
否認する。
五 参加人の再抗弁
仮に被告両名が、本件建物の各占有部分について賃借権を有していたとしても、参加人は、昭和四五年一〇月一三日付準備書面において、被告両名に対し、未払の昭和三七年八月五日から昭和四五年九月末日までの賃料(被告白は一ヶ月五〇〇〇円、被告笠川は一ヶ月八〇〇〇円の各割合)を、右準備書面到達後一週間以内に支払うよう請求し、併わせて、右期間内にその支払がない場合には、支払のない被告との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右準備書面は、同年一〇月一三日被告笠川に、同月一五日被告白に、それぞれ送達された。
しかるに被告両名はいずれも右期間内に催告にかかる未払賃料を支払わなかったので、被告白との賃貸借契約は昭和四五年一〇月二二日、被告笠川との賃貸借契約は同月二〇日、それぞれ賃料不払による解除により終了した。
六 再抗弁に対する被告両名の認否
再抗弁事実は認めるが、賃貸借契約が解除により終了したとの主張は争う。
参加人主張の未払賃料は、参加人が本件建物について所有権移転の本登記を経由した日よりも以前のものであり、参加人は本登記前に遡って賃貸人たる地位を被告両名に対抗することができないから、右解除は無効である。
七 再々抗弁
1(被告白)
被告白と門倉よしの昭和三三年四月一〇日の賃貸借契約で、被告白は、(二)の建物部分のほか本件建物の二階の一部を含めて、賃料一ヶ月五〇〇〇円で賃借したものであるところ、門倉よしは(二)の建物部分を引渡したのみで二階部分の引渡をせず、これを訴外北川美記に一ヶ月四〇〇〇円の賃料で賃貸してしまい、被告白との賃貸借契約を一部履行不能にしてしまった。そこで被告白は、二階部分の賃料が一ヶ月四〇〇〇円であるので、(二)の建物部分の賃料は一ヶ月一〇〇〇円が相当であると考え、昭和三三年九月分について、賃料として門倉よしに一〇〇〇円を提供したところ、同訴外人が受領を拒絶したため、同月分以降毎月一〇〇〇円宛供託している。
2(被告両名)
本件訴訟は、はじめ原告と被告らとの間で本件建物の明渡を求める訴が提起された後、参加人が本件建物の所有権を主張して参加して以来三面訴訟が続けられてきたものであるが、参加人から原告との間で和解の話合が進行中であるとの申出があり、被告らは、訴訟関係調整の便宜から訴訟手続の進行を控えていたところ、突然参加人は、本件建物の所有権移転登記手続を了したうえ、前記準備書面において、登記前約八年も遡る間の賃料の支払を催告し、同時に準備書面到達後一週間以内に支払わない場合には契約を解除する旨の通知をしてきた。本件訴訟の経緯と突然多額の金員の支払を催告した点に鑑み、一週間の催告期間は不当に短期にすぎ、また準備書面をもって右意思表示をするのは信義に反し、権利の濫用にわたるものであって無効である。
八 再々抗弁に対する認否
1 再々抗弁1のうち、被告白が毎月一〇〇〇円を供託していることは認める。
2 同2の主張は争う。
第三証拠≪省略≫
理由
一 本件建物がもと訴外門倉よしの所有であって、原告の先代若林正利が、昭和三七年五月八日これを競落により取得し、同年六月三〇日その旨の所有権移転登記を経由したこと、これより前の昭和三六年一〇月二八日、参加人は、若林正利から本件建物を他人の物の売買として買い受け、昭和三七年一一月七日右売買を原因とする所有権移転仮登記を経由し、ついで昭和四五年一〇月八日右仮登記に基づく本登記手続を了したこと、以上の事実は、原告、被告両名および参加人の間に争いがない。
すると、本件建物の所有権は、若林正利と参加人との間の売買により、昭和三七年五月八日若林正利が競落によってこれを取得するのと同時に、同人から参加人に移転して、参加人がこれを取得し、昭和三七年一一月七日右売買を原因とする仮登記に基づく所有権移転の本登記を経由したことにより、参加人は、右所有権取得をもって、本件建物の各一部の賃借人である(この点はのちに判断する。)被告両名に対しても対抗することができるに至ったものというべきである。したがって、参加人の被告両名に対する請求のうち、本件建物が参加人の所有であることの確認を求める部分は理由がある。反面、本件建物を若林正利から相続したとして、その所有権に基づき被告両名に対し右建物の明渡と賃料相当の損害金の支払とを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
また、参加人は、本件建物について、すでに右売買を原因とする所有権移転登記を受け終っているのであるから、原告に対し、所有権移転登記手続を求める参加人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
二 ≪証拠省略≫によれば、被告白は、昭和三三年四月一〇日、当時本件建物の所有者であった前記門倉よしから、本件建物のうち(二)の建物部分とその二階一室を賃借し、(二)の建物部分についてはそのころ引渡を受けたこと、被告笠川は、昭和三四年五月一二日、同じく門倉よしから、本件建物のうち(三)の建物部分を賃借し、そのころ引渡を受けたこと、本件建物について強制競売申立の登記がなされたのは被告両名の賃借後である昭和三六年四月二一日であること、以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫
右によれば、被告白、被告笠川両名の本件建物の各占有部分についての賃借権は、借家法第一条により、本件建物の競落人である若林正利および同人からの買受人である参加人に対しても、対抗し得るものであることが明らかである(なお、競売公告に記載のない賃貸借は競落人に対抗できないとの原告の主張は、当裁判所の採用しないところである。)。
そこで進んで参加人の賃貸借契約解除の主張について判断する。
参加人が、昭和四五年一〇月一三日付準備書面において、被告両名に対し、いずれも昭和三七年八月五日から昭和四五年九月末日までの未払賃料を、右準備書面到達後一週間以内に支払うよう催告するとともに、右期間内にその支払がない場合には、支払のない被告との間の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、右準備書面が、被告白には昭和四五年一〇月一五日、被告笠川には同月一三日、それぞれ送達されたこと、被告両名が、右催告期間内に、参加人の主張する未払賃料を支払わなかったこと、以上の事実は被告両名の自認するところである。
ところで、賃借人のある建物の所有権を譲り受けた者が、賃借人に対して、賃貸人の地位の取得を対抗して賃貸借契約上の権利を行使するためには、所有権取得についての登記を必要とし、その登記前の期間の賃料債権についても、個別的に債権譲渡の手続がとられているような場合は別として、当然にはその取得をもって賃借人に対抗することを得ないものというべく、このことは、建物譲受人の所有権取得の登記が仮登記に基づいてなされた場合も同様であって、譲受人は、仮登記の時ないしはその後に現実に所有権を取得した時期に遡り、その時から本登記までの期間の賃料債権をもって賃借人に対抗することは、当然にはできないものと解するのが相当である。けだし、すでに仮登記前に対抗分を備えている賃借人との関係において、仮登記後、本登記がなされるまでの間につき、譲渡人と譲受人のいずれを賃貸人の地位にある者とするかは、本登記がなされた場合に仮登記と相容れないものとして効力が否定される「中間処分」とは何ら関係のないことがらであり、継続的債権関係である賃貸借関係において、本登記があるまでは譲渡人を賃貸人とすべきであるとしながら、のちに本登記がなされると仮登記又はその後の所有権取得の時期にまで遡って譲受人を賃貸人であったとすることは、いたずらに法律関係の混乱を招き、賃借人の地位を不当に不安定ならしめることになるからである。これを本件についてみるに、参加人の催告にかかる未払賃料は、すべて参加人が本件建物について所有権移転の本登記を経由した昭和四五年一〇月八日より以前の期間の分であり、これについて原告から参加人への債権譲渡の手続がとられたことの主張立証はないから、参加人は被告両名に対して、右未払賃料を請求することができない立場にあったものというべきである。右本登記が昭和三七年一一月七日に経由された仮登記に基づくものであり、かつ参加人がそれ以前の同年五月八日に本件建物の所有権を取得していたとの事実は、この判断になんら影響を与えるものではない(なお、被告笠川が、参加人の参加前に、本件建物に対する原告の所有権を争い、参加人に所有権がある旨の主張をした事実のあることは、記録上明らかであるが、被告笠川本人の尋問の結果によれば、被告笠川は、昭和三七年当時、原告の代理人からは、本件建物の新所有者は原告である旨告げられ、参加人からは、参加人が新所有者である旨言われて、どちらが真の所有者であるかをはっきり確定し得ないでいたこと、そのため賃料の支払も原告及び参加人のいずれに対してもこれを留保していたことが認められ、また原告と参加人が本件建物の所有権を争っていたことは記録上明らかであるから、被告笠川が前記主張をした事実があることをもって直ちに被告笠川が参加人の本件建物に対する所有権の取得、及び賃貸人としての地位の取得を承認していたものと解することはできない。)。
すると、参加人が被告両名に対してなした本件解除権の行使は、その余の点について判断するまでもなく、請求し得ない賃料債権の遅滞を理由とするものである点において、無効というほかはない。
したがって、被告両名の賃借権の抗弁は理由があり、参加人の被告両名に対する請求のうち、本件建物の各占有部分の明渡と賃料相当の損害金の支払とを求める部分は理由がない。
三 以上により、参加人の請求中、参加人と被告両名との間で本件建物の所有権が参加人にあることの確認を求める部分を認容し、参加人の被告両名に対するその余の請求、原告の被告両名に対する請求、参加人の原告に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 平田浩 大橋弘)
<以下省略>